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ぜんぶ嘘なので気にしないでください。

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ある本を読んで、「こんなものを書いてもよかったんだ」と思うことがある。そんなふうに感じたとき、わたしは自分のなかに巨大な檻が隠されていたことを知る。あまりに自由でいたように思うのに、それでも縛られていた。いつでも縛られている。気づかないうちに。あるいは気づかないからこそ、縛られ続けていた。

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あたりまえのことなんてひとつも書きたくない。当然のことだけを議論する人間にはなりたくない。できれば答えが分かれていて、確実にどちらかが正解だとはとうてい断じることのできない、そういう難しい問題だけを、君と朝になるまで話し合っていたい。たまにお互いの立場が入れ替わってしまってもいい。自分の言っていることが分からなくなって、敵対しているはずの君に助言を求めたりするような、そういう関係のこと、わたしは友情と呼びたいんだけど、君はどうかな。

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あまりによい人間をよく見かける。それはたぶん、わたしがいい人間だからだ。と、そんな風に思えるのは、ほかでもないわたしが、いい人間の前ではいい人間でいようと思うからだ。

 

わたしの思ういい人間。まず一人目はきみだ。きみはわたしが出会ってきた人たちのなかで、もっともよい人間でありつづけている。初めて出会ったときからそうだ。きみは他人が困るそぶりをしたら、すぐに事情を聞く。きみは自分と他人の持っているものの大きさを常に確認していて、自分のほうが大きいものを持っているようだと気づいたら、すぐに交換しようか尋ねてくる。きみは率先してお茶を入れる。便利になろうとする。写真を撮ったあと、自分の顔よりも友達の顔を先に確認する。よく分からない冗談でも笑う。わたしはとくに何の役にも立たない花だけを、きみにいつも買っていく。きみに失望されない人間でいようとわたしは人生のなかで何度も誓った。

 

二人目はあなただ。あなたはいつも優しそうにしていて、そのあまりの棘のなさに驚く。悪い人が近寄ってきやしませんか。甘やかされようと寄ってくるいやな男がいたりしませんか。そんなふうに心配になるほど、あなたは優しそうにみえる。害悪をあなたは憎んでいる。不和を恐れているのに、たまにぐさりと人を攻撃することもあって、その不思議な落差。わたしはあなたに何度も教えをいただいた。そのとおりに出来ないことばかりだったけれど、できるだけ人生の教科書のように、たまに思い返すようにしています。

 

三人目は、お母さん。母はいつもいい人間だった。子供に優しかった。弱者に優しかった。おせっかいな人だった。誰でもすぐに世話をやいた。プライベートに平気で立ち入った。あまりにやりすぎではないかと思うほどに。でも、わたしがなんと思おうと、母に感謝している人がとても多い以上、きっと彼女のおせっかいは人を救っているのだ。たいていの娘がきっとそうであるように、母親の言葉はいくつかの面でわたしの巨大な指針になっている。重なった布を留めるマチ針のように鋭く。わたしが人生で初めて自己犠牲による親切を施したとき、母はわたしに尋ねた。どうしてそれをするの。わたしは答えた。だって、誰かが見ていてくれるかもしれないでしょう。母は首を振って、大事なことをわたしに伝えた。「誰も見ていない。誰も見ていてくれなくてもかまわない、と思う分だけしなさい」。それが、今でも残るわたしのマチ針。すでに縫合は終わり、わたしの心はおおむね成型を終えたけれど、設計段階で針を刺したのは確実にわたしの母親と、そして父親なのだ。母親の「見ていてくれなくてもかまわない分」があれほど大きいおせっかいだと思うと、ほんとうにかなわない、と思う。

 

あなた方の前に立つとき、わたしはいつも、わたしであり続けようと思う。それはあなたたちが、信じられないほどやさしくわたしの心を育ててくれたからだ。尖りきって乾き、身勝手で激しく、特定の人間にしか愛をあたえなかったわたしの、その勝手な部分まで含めて、水をやり柔らかくし、とにかく愛情を与えてくれたからだ。

 

あまりにもよい人間をよく見かける。どうしてそんなに人に親切に出来るのだろう、と思うような人間のこと。そんな人間に対して、そんな人間の前にいるときだけでも、わたしはよい人間でいようと思う。誰にも知られてなくとも、高潔な人間でありたいと思う。もちろん、たいてい失敗している。おおよそのわたしはよい人間ではない。でも、彼らの前でだけは、ほんの少しでもマシな人間でいようと思う。

 

「わたしの周りっていい人間ばかりで、だから、たまに他人の話やテレビを見ていて、不思議に思うことがあるよ。わたしは運がいいだけなんだな」

 

と君が言ったとき、わたしはすぐにそれを否定してしまった。違う、君の運のおかげじゃない。

 

君のまわりにいい人間しかいないのは、君がいい人間だからだ。君が周囲を少しずついい人間にしているんだ。君のそばから離れたら、君の前ではいい人間であるその人も、ひょっとするとそうでなくなるかもしれないよ。そういうものなんだ。

 

わたしがそう言うと、君は、「カルマ的な思考は好きじゃないんじゃなかったの?」と目を丸くして、それから笑った。君はいつも、わたしの言ったことをよく覚えていて、わすれない。そして君は言った。「きみも私から離れたら、いい人間じゃなくなるって言うのかい?」

 

そのとおりです。君の前でだけ、それなりにいい人間なのです。きみの人生がいいことばかりなのは、きみの幸運のおかげでも、なんとなくの運命のおかげでもない。ただ、きみ自身がいい人間だからです。

 

 

20170912