小説のなかで使う聖書の言葉を引用しようと、wikisourceにアクセスしたら、よくよく知っている一文に遭遇した。


ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。(マタイによる福音書、第一章二十四節)


わたしは教会で英語を習ったので、教材の一部に聖書を使うことがあった。この一文の意味の分からなかったわたしは、先生に尋ねた。結婚する相手のことを『知らない』というのはどういうことですか?

先生は、ここでいう知る、というのは、愛するということであるとわたしに言った。
わたしは反論した。「でも、相手を知ったからといって愛するわけでもなければ、まったく何も知らない相手を好きになるという一目ぼれ現象も世の中にはあるといわれるのに、どうして、知ると愛するが近い言葉なんでしょう?」

先生は困ったように笑った。細かいことを先生に聞きたがる子供だった。とくに、一対一のときには。

 *

「たとえば」

 わたしはなにか、この人を元気付ける言葉を言おうと思った。元気付ける。勇気付ける。直接的にそうはならなかったとしても、なんとかそういうふうに思える、いわばかれの気を逸らせるような文章のこと。言葉にはそういう力があると、わたしは信じていた。

 なにを言えばいいだろう。スピリチュアル? 神の御言葉? 運命について語り、その唇から呪いをはけば満足? すべては定められていたのだと、納得できるような教唆的な台詞はなに?
 かれの瞳を見る。そこには宇宙が広がっていた。イオ、カリスト、ガニメデ、エウロパ。かつてわたしが欲しかったすべての煌き。

 しかしわたしは。

 不思議な女でい続けることはもうたくさんだった。

 *

 結局、上司に相談するとよいのではないかしら、と言った。それが難しいならば健康管理室とかどう?

「ずいぶんその……普通のことを言うのですね」
「普通はお嫌い?」
「嫌いではありませんが、普通については、その……普通だなあとしか」
「つまり好ましくは思えないということよね」
「あなたの言葉が好きなのです」
「わたしの言葉ではないわ」

 大きく息を吸って、また吐く。この腹痛を抱えたまま生きるのはもうたくさん。

「あなたのための言葉よ。わたしの言葉をあなたが好きなのは、それがあなたのための言葉だから。わたしの言葉を求めるのではなく、あなたのための言葉を求めているの」

 まったくそれで悪いとは思わない。ただ、わたし一人が悲しいだけ。

 

 

20170913