「だれとでもどっぷり仲良くなる必要なんてありません」
「君にはどっぷり愛する相手がもういるから、ということかな?」
「いいえ。僕だけの話ではなくて、誰にもいつでもどこででも、誰とでも仲良くなる必要なんてないのです。そんなふうに思う」
「そうか、でも君はどっぷり愛する相手も持っている。そうだね?」
 しつこいな、と思ったが、相手がリュエルなので、邪険にしようとは思わなかった。
 ストアは腰掛に座りなおし、掛け布を引き寄せてから、杖を一振りする。薫り高い紅茶がポットごと現れた。
「――今日はずいぶん、僕を困らせたがるんですね」
「私が君に好かれていてよかったよ。今日私は、君にまた一つ天啓を下さなくてはならない」
「なんでしょう? あなたの言葉はいつも僕にずっしりと響くんだ」
 リュエルは薄い唇を三日月のようにしならせる。ストアの出した紅茶が彼の唇の乾きをいくぶんかましにした。
「君はあの分析士から独立しなくてはならない」
「依存しているつもりはありません」
「もちろん。私は君に診断を下すつもりはないよ、医者ではないし、魔術士でも、ついでに言うなら分析士でもない。でも君はそうすべきだと私には分かる。これは忠告ではなくて天啓なんだ、ストア。君は一人で立たなくてはならない。もちろん、君のことを赤ん坊だなんていうつもりは毛頭ないけれど。そうだな――なんなら――あいつのことを忘れるんだ」
 リュエルの言葉は、いつもストアを驚かせる。その唐突さが、ストアは好きだった。キスもすぐにストアを困らせることを言うけれど、リュエルのそれはまた違う。どこが含蓄に満ちていて、あたたかく、やさしい、そして理解がしやすい。
 しかし今彼が言ったことは、どうにもストアの腑に落ちない。そしてただ困惑だけが、紅茶とともにこの部屋と、そしてストアの体内を満たしていく。不思議だ。耳だけが冷えるようで、ストアはティーカップであたためた指で耳たぶをもんだ。
 そして、一言だけ返す。
「どうして」
「君はそう言うだろうと思った」
「では、きっと答えもあるのでしょう。教えてください――どうして?」
「答えを知りたいか。理由を知りたいか。原因を分析したいか。状況を分析したいか。世界を変えたいか、認識を変えたいか? まあ、いい。教えよう。これは大いなるオマケだ。――君は本当はキス・ディオールを愛するべきではないからだ。君の玉座には彼以外、できれば術士以外を座らせなくてはならない」
「……彼が、そう言ったのですか」
「言っていないけれど、私には言ってるように聞こえたな。やつではないけれど、やつのようなものが、そういうふうなことを言ってるように」
「聞こえたのですか?」
「私には何も聞こえないし何も感じられないよ、ストア。私は術士ではない。気脈を持ってはいない。そのことを忘れたりしないだろう?」
 ストアは目を伏せたが、そういう態度をとることすら失礼に思え、結局あいまいに視線を宙へ漂わせた。彼が、魔術を行使できないことをコンプレックスに感じていることはいまさら地の文にすら書くべきことではない。困惑した気持ちを整理しようと、みみず文字を空に描く。頭のなかでやっていたつもりだったのに、バチンと火花が出て、一匹の煤けたミミズがカーペットに落ちた。
「混乱しているようだね」
「術の抑制が苦手なのです。恥ずかしいことですが」
「私の考えでは、君たちの能力は、抑制する必要なんてまったくない。溢れて爆発して暴れて、そういうふうに使ったほうがきっといい」
「そうでしょうか」
「ああ、そうだとも。難しいことを考えるからキス・ディオールなんてものが生まれるのだ」
「……そうでしょうか……」

 

 

三幕四章に続く