最近は文章も書けない日々が続いていて、少しずつこの病状が重たくなっているような気がしています。それはわたしの仕事がいささか忙しすぎるからなのかもしれないし、環境が変わったからなのかもしれないし、冬だからなのかもしれません。雪のせいかもしれない。

ただ、最近のわたしはこだわりも失ってきていて、大切なものも少しずつ和らぐようになくなり、小説や映画にも以前ほど親しみを抱かなくなりました。書籍というものに対する愛着は依然として持ち続けてるものの、なかなか読む時間がないので未読の本が部屋中にあふれ、その山のことを思うと本屋に立ち寄る気にもなれず、家には魅力的な本が(わたしの選んだ、読んでみたいとかならず一度は思った本が)文字通り山となって存在しているにもかかわらず、ページをめくることもなく、いや、毎日昼の休憩時間には本を読むようにしているのですが、やはり片手間で読むのでなかなか集中もできず、という日々です。

文章を書くのが以前よりも下手になったような気がしますし、あるいは以前からこの程度しか書けなかったような気もします。少なくとも天啓のようなただしい文章を書くことは難しくなってきました。以前の自分が書いた、以前の自分であれば花丸を与えたであろう文章が、ただの文字の羅列、それもつまらない羅列にしか見えず、色彩が感じられないというか、談話室のなかで誰もがしゃべっているのに自分にだけ声が聞こえていないような、不可思議な不自然さがあって、まっすぐに受け止められません。書く能力が失われたというよりも、読んで愉しむ気持ちが失われたのではないかと分析しています。

世界がつまらないことは分かっていましたし、たいして面白くもないことも知っていましたし、つらいことがあるのも承知していました。でも、こんなに平坦に退屈だったなんて。つらいことなんてなにひとつないのに、このまま生活を続けていてもどうしようもないのではないかと思うのです。しかし、誰になにを言ったところで解決できないことです。わたしは、わたしのためには、わたしのこころのためには、結局文章を書けるようにするしかないのでしょう。でも、どうやって?

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ひょっとするとわたしの文章はわたしが思うよりもずっとまともなのかもしれないし、あるいはぜんぜんそうではないのかもしれない。