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竜と母音

言葉なんて教えなければよかった、と今更ながらにルルエは後悔をした。喋らなければならない理由なんてなかった。彼が言葉を覚えなくてはならない理由なんてなかった。ではなぜ「あ」「い」「う」「え」「お」の母音の発声からひとつひとつ丁寧に教えてやったのだろう、と考えてみても、つい、出来心で、としか言いようがない。ある日彼が、人の言葉をある程度聞いているようだということに気が付いた。もしかしたら教えれば簡単な意思の疎通ぐらいはできるようになるのではないかと思った。話す竜がいたら、それはそれでひとつ面白いだろう。ルルエの研究テーマは言うまでもなく竜の飛翔に関するもので、竜の身体能力に興味はあれど、言葉を話すかどうか、なんて、そんな、そんな――そういうことにはまったく興味がなかった。だから彼が、頭空っぽの暴れ者であろうと、深遠なことを思考する高貴なる生き物であろうと、どちらだってかまわなかった。

竜の泣き声は狼に似ている。身体の構造はまったく異なるのに、声がおなじだなんて不思議だ。飛ぶ仲間という意味では、鳥に似た高い鳴き声を出してもいいようなものなのに、竜はその伝承・伝説の持つ印象通りに、大きく吠えるように鳴く。しかしそれはあくまでも仲間を呼ぶときに出す合図の大声であって、普段はさほど声をあげない比較的静かな生き物として研究者内では扱われていた。穏やかだし、頭も悪くない。もちろん暴れ者の個体もいるが、総じて飼いやすい生き物と言えた。エサ代はばかにならないが……。

林檎を一つずつ、彼の口へ放っていたときだった。多少確度に変化をつけて、いろんな方向へ投げてやると、彼は多少嬉しそうにその林檎を丸呑みするのだ。竜は芸をしないが、この程度のお遊びには付き合ってくれる。また、ルルエにとってありがたいことに、ある程度の信頼関係があれば、背に乗せて空を飛んでくれる。飛翔の感覚はなにものにも代え難い。どうしてみんな竜の研究者をやらないのだろう、とときたま不思議になるぐらいだ。